第二回「夜明け前」山里へは春の来ることもおそい。

山里へは春の来ることもおそい。毎年旧暦の三月に、恵那山脈の雪も溶けはじめるころになると、にわかに人の往来も多い。中津川の商人は奥筋(三留野、上松、福島から奈良井辺までをさす)への諸勘定を兼ねて、ぽつぽつ隣の国から登って来る。中津川とは?岐阜県南東部の市。木曽谷の出入り口にあたり、中山道の宿場町として発展。勘定とは?代金。伊那の谷の方からは飯田の在のものが祭礼の衣裳なぞを借りにやって来る。太神楽もはいり込む。伊勢へ、津島へ、金毘羅へ、あるいは善光寺への参詣もそのころから始まって、それらの団体をつくって通る旅人の群れの動きがこの街道に活気をそそぎ入れる。

第一回「夜明け前」木曾路はすべて山の中である。

木曾路はすべて山の中である。木曾路とは?京と江戸を美濃国および信濃国を経て結んでいた山道の俗称である。美濃国とは?現在の岐阜県南部。信濃国とは?現在の長野県。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である岨とは? 絶壁。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。東ざかいの桜沢から、西の十曲峠まで、木曾十一宿はこの街道に添うて、二十二里余にわたる長い谿谷の間に散在していた。