カムイ伝のように筵(むしろ)服が利用されていたのはいつ頃まででしょうか?

引用元: ・歴史学博士らがあらゆる質問に即答するスレ37

528:2017/03/25(土) 00:58:41.59
最近の漫画では使われなくなった表現方法ですが
昔のカムイ伝のように江戸時代を描いた漫画では服も買えない貧しい人間が
服ではなく筵(むしろ)?みたいなものを体にまいている描写がありました

ああいう筵服が利用されていたのはいつ頃まででしょうか?
明治時代や大正・昭和期でも続いていたのでしょうか?

529:2017/03/25(土) 01:32:51.06
筵じゃなくて毛皮だと思うが。

531:2017/03/25(土) 08:26:37.14
>>529

カムイ本人ではなく、穢多非人のモブでスマキみたいな状態の人物が時々出ていました

532:2017/03/25(土) 12:20:42.23
さぁ、白土三平はプロレタリア画家の父親の政治活動から被差別部落や朝鮮人部落で育ったから、その中でそういう昔の風俗も仕入れたのかねぇ

535:2017/03/25(土) 17:47:31.31
>>528

飢饉になれば食い詰めた者が自分の衣類をも売って食い物に替え、代わりに菰(こも)を荒縄で
体に巻いて衣類の代わりにした。このため乞食をこもかぶりと呼ぶ。

布を織るにも手作業だから非常に労力がかかる。今と違って衣類はそれなりの価値がある資産だった。
江戸中期ごろに武士が上方農民の贅沢を嘆くのに、「農民のくせに季節季節の着物を二枚も三枚も
持っている」なんて書き残しているくらいだ。乞食が衣類なんて着られるわけがなかったんだよな。

536:2017/03/25(土) 17:52:41.52
幕末ごろに自動織機の導入で木綿の布の生産コストがずいぶん下がったから、
明治期にはこもかぶりも廃れたかもね。

天保の飢饉は冷害による大凶作が原因だから奥羽では食い物がなくて地獄の
様相を呈したけど、大坂や兵庫から蝦夷地に向かう北前船は古着をわんさか
積んで北国で売りまくった。
上方で食い詰めた者たちが自分の衣類を売りまくったために古着屋の在庫が
だぶつき、それを寒冷地に運び込んで余裕のある者たちに買わせたわけだ。

539:2017/03/25(土) 19:40:30.47
>>535

桂小五郎の潜伏中、菰をかぶった乞食姿が描写されるのが昔は定番だったな

540:2017/03/25(土) 19:51:59.53
戦後もまもない頃だったか、民俗学者がフィールド調査で農家を訪ねると、素っ裸で藁の中で寝ていた人が恥ずかしそうに起きてきたと書いていた
北国では裸で寝るのは多いらしいし、布団がなくても藁(もみ殻だったかも知れない)の中なら暖かいのだと

543:2017/03/25(土) 21:24:58.87
>>540

津山事件の被害者も多くは裸で寝ていたと何かで読んだ気がします。

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