江戸の商人なんかの税金はどの程度の割合だったのでしょうか?

引用元: ・歴史学博士らがあらゆる質問に即答するスレ37

268:2017/03/14(火) 12:40:57.83
江戸時代は四公六民しこうろくみんと良く聞くけど
江戸の商人なんかの税金はどの程度の割合だったのでしょうか?

269:2017/03/14(火) 16:08:05.09
>>268

無かったよ
広く国民全般から税金を取ろうなどという考えは明治以降の近代になってからのもの
ずーっと年貢一本でやってきてたんだもの
まぁ殿様が臨時にカネが要るときには、うなるほどカネを持ってそうな豪商に御用金を申し付けることはあったけど

270:2017/03/14(火) 16:18:22.27
農地の米生産力は検地や検見で平均収量や毎年の収量を調べてたけど、商工業やらサービス業やらは所得もわからないし‥

281:2017/03/15(水) 00:49:08.84
>>269-270

横からだが、サービス業や職人は無税って農民からすると
不公平感なかったんだろうか?

寒冷期の江戸時代、飢饉続きで嫌になった農民が都会に出て
サービス業に従事すれば得だったのではと思うがどうだろう?

282:2017/03/15(水) 05:05:48.04
次三男にわけてやる田んぼはないんだからドシドシ出て行ってるよ
江戸に出りゃ宵越しの金を持てねぇその日暮らしのやもめだらけだ
娘は吉原にでも身売りされりゃキレイなおベベ着てサービス業できるよ
田んぼを守って年貢を納めてこそ本百姓として村の正式メンバーだ
その他は余り者だね
せいぜい起業して豪商を目指しなさいよ

283:2017/03/15(水) 05:35:01.11
>>281

そう思って江戸に出てくる逃散農民を捕まえては農村に送り返してたよ。
土地を持たない者は>>282の通り。

284:2017/03/15(水) 05:59:53.92
江戸に身元引受人がいれば奉公先が見つかる事もあるし、親切な親分に出会えれば人足になれる
ヤクザな親分に出会ったらゴロツキの道がひらける

288:2017/03/15(水) 10:49:21.42
>>281

幕府が何度も帰農令を出しているだろう
田舎で田んぼ耕しても大部分はお上や地主に税金で持っていかれるし
それならお江戸で自由に暮らしたいと出て来る奴がいたんだよ

だけど江戸幕府は農民からしか税金を取ることができない
だから江戸に出ている連中を田舎に帰らせて
田んぼ耕してもらわないとどんどん財政が苦しくなる

301:2017/03/15(水) 16:18:22.54
>>268

領主によって算定基準はバラバラ。
割と多いやり方は外形標準課税方式と免許税方式。当時はそんな言葉では表現していなかったが、今の言葉にすると、な。
外形標準課税は店の間口の広さや、生産設備(たとえば酒や藍での桶・甕の容積とか、織機や竈の数とか)で課税。
免許税方式は、所謂いわゆる冥加金みょうがきん」。開業を許可する、営業を継続するというときに、期間ごとに一定額を領主に納める。

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