第三回「夜明け前」山の中の深さを思わせるようなものが、

夜明け前

第一部上 序の章 三

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山の中の深さを思わせるようなものが、この村の周囲には数知れずあった。林には鹿しかも住んでいた。あの用心深い獣は村の東南を流れる細い下坂川おりさかがわについて、よくそこへ水を飲みに降りて来た。
古い歴史のある御坂越みさかごえをも、ここから恵那えな山脈の方に望むことができる。大宝たいほうの昔に初めて開かれた木曾路とは、実はその御坂を越えたものであるという。その御坂越から幾つかの谷を隔てた恵那山のすその方には、霧が原の高原もひらけていて、そこにはまた古代の牧場の跡が遠くかすかに光っている

大宝?
日本の元号のひとつで慶雲の前。701年 – 704年の期間を指す。


この山の中だ。時には荒くれたいのししが人家の並ぶ街道にまで飛び出す。塩沢というところから出て来た猪は、宿しゅくはずれの陣場から薬師堂やくしどうの前を通り、それから村の舞台の方をあばれ回って、馬場へ突進したことがある。それ猪だと言って、皆々鉄砲などを持ち出して騒いだが、日暮れになってその行くえもわからなかった。この勢いのいい獣に比べると、向山むこうやまから鹿の飛び出した時は、石屋の坂の方へ行き、七回りのやぶへはいった。おおぜいの村の人が集まって、とうとう一矢ひとやでその鹿を射とめた。ところが隣村の湯舟沢ゆぶねざわの方から抗議が出て、しまいには口論にまでなったことがある。
「鹿よりも、けんかの方がよっぽどおもしろかった。」
と吉左衛門は金兵衛に言って見せて笑った。何かというと二人ふたりは村のことに引っぱり出されるが、そんなけんかは取り合わなかった。
檜木ひのきさわら明檜あすひ高野槇こうやまき、ねずこ「木+鑞のつくり」――これを木曾では五木ごぼくという。そういう樹木の生長する森林の方はことに山も深い。この地方には巣山すやま留山とめやま明山あきやまの区別があって、巣山と留山とは絶対に村民の立ち入ることを許されない森林地帯であり、明山のみが自由林とされていた。その明山でも、五木ばかりは許可なしに伐採することを禁じられていた。これは森林保護の精神より出たことは明らかで、木曾山を管理する尾張藩がそれほどこの地方から生まれて来る良い材木を重くていたのである。取り締まりはやかましい。すこしの怠りでもあると、木曾谷中三十三か村の庄屋しょうや上松あげまつ陣屋じんやへ呼び出される。吉左衛門の家は代々本陣ほんじん庄屋問屋といやの三役を兼ねたから、そのたびに庄屋として、背伐せぎりの厳禁を犯した村民のため言い開きをしなければならなかった。どうして檜木ひのき一本でもばかにならない。陣屋の役人の目には、どうかすると人間の生命いのちよりも重かった。

庄屋?
江戸時代の村方三役の一。村政全般をつかさどり、村外・領主との折衝にあたった。

陣屋?
藩庁が置かれた屋敷。

本陣?
大名,宮家,公家,幕府役人など身分の高い旅行者のため,諸街道の宿場に設置された宿泊施設。

問屋?
宿には問屋がいて,伝馬を供給したり,物資の輸送を扱うようになったが,彼らはその地域の有力者が多く,大名の被官であったり,開発地主であったりした。

背伐り?
木を切ること?

「昔はこの木曾山の木一本伐ると、首一つなかったものだぞ。」
陣屋の役人のおどし文句だ。
この役人が吟味ぎんみのために村へはいり込むといううわさでも伝わると、いのしし鹿しかどころの騒ぎでなかった。あわてて不用の材木を焼き捨てるものがある。囲って置いた檜板ひのきいたよそへ移すものがある。多分の木を盗んで置いて、板にへいだり、売りさばいたりした村の人などはことに狼狽ろうばいする。背伐せぎりの吟味と言えば、村じゅう家探やさがしの評判が立つほど厳重をきわめたものだ。

吟味?
取調べ?裁判。

狼狽?
あわててうろたえること。


目証めあかし弥平やへいはもう長いこと村に滞在して、幕府時代のひくい「おかっぴき」の役目をつとめていた。弥平の案内で、福島の役所からの役人を迎えた日のことは、一生忘れられない出来事の一つとして、まだ吉左衛門の記憶には新しくてある。その吟味は本陣の家の門内で行なわれた。のみならず、そんなにたくさんな怪我人けがにんを出したことも、村の歴史としてかつて聞かなかったことだ。前庭の上段には、福島から来た役人の年寄、用人、書役かきやくなどが居並んで、そのわきには足軽が四人も控えた。それから村じゅうのものが呼び出された。そのとがによって腰繩こしなわ手錠で宿役人の中へ預けられることになった。もっとも、老年で七十歳以上のものは手錠を免ぜられ、すでに死亡したものは「おしかり」というだけにとどめて特別な憐憫れんびんを加えられた。

目証?
諸役人の配下で犯罪捜査と犯人逮捕のために働いた者。おかっぴき。

福島?
木曾福島。

怪我人?
負傷者?犯罪人?

科?
けしからぬ行い。

宿役人?
宿場に置かれた役人。

憐憫?
あわれみ。

この光景をのぞき見ようとして、庭のすみのなしの木のかげに隠れていたものもある。その中に吉左衛門がせがれの半蔵もいる。当時十八歳の半蔵はんぞうは、目を据えて、役人のすることや、腰繩につながれた村の人たちのさまを見ている。それに吉左衛門は気がついて、
「さあ、行った、行った――ここはお前たちなぞの立ってるところじゃない。」
としかった。

忰?
自分のむすこ。

六十一人もの村民が宿役人へ預けられることになったのも、その時だ。その中の十人は金兵衛が預かった。馬籠まごめの宿役人や組頭くみがしらとしてこれが見ていられるものでもない。福島の役人たちが湯舟沢村の方へ引き揚げて行った後で、「お叱り」のものの赦免しゃめんせられるようにと、不幸な村民のために一同お日待ひまちをつとめた。その時のお札は一枚ずつ村じゅうへ配当した。

馬籠?
木曽11宿の一番南の宿場町。

組頭?
名主を補佐して村の事務を執った村役人。年寄。

湯舟沢村?
馬籠の隣村。

赦免?
罪をゆるす。

日待?
村内の同信者が特定の日に集まり、おごもりをすること。

ごもり?
神仏に祈願するため一定の期間、神社・仏寺にこもること。

この出来事があってから二十日はつかばかり過ぎに、「お叱り」のものの残らず手錠を免ぜられる日がようやく来た。福島からは三人の役人が出張してそれを伝えた。
手錠を解かれた小前こまえのものの一人ひとりは、役人の前に進み出て、おずおずとした調子で言った。

小前?
田畑や家屋敷は所有するが、特別な家格・権利を持たない本百姓。小作などの下層農民をさす場合もある。

おそれながら申し上げます。木曾は御承知のとおりな山の中でございます。こんな田畑もすくないような土地でございます。お役人様の前ですが、山の林にでもすがるよりほかに、わたくしどもの立つ瀬はございません。」

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