カテゴリー: 飛鳥時代

「にほん」とかなで表記されている最初の文献はわかっているのですか?

「新羅本記」では670年に倭が国号を日本と改めたと書いているおそらく文字としての日本が定着したのはこれ以降日本の和語である「にほん(にっぽん)」もこの漢字ができてからの読みだろうそれ以前のやまとに「日本」を宛てるのは後世の書物の宛て字だろうね

聖徳太子は父親、母親までわかっているし、17条憲法や冠位12階などの実績も多いのに、 なぜ「架空人物説」があるのでしょうか?

17条憲法や冠位12階などは、実際は蘇我氏がやった業績。蘇我氏を亡ぼして天皇権力を確立できたわけだから、それまでの良い業績は、聖徳太子という架空の人物を創作して、みんなその業績とした。

武士が台頭する以前の時代、貴族などの覇権争いで武力を担っていたのはどういう組織なんでしょうか?

武士が台頭する以前の時代、貴族などの覇権争いで武力を担っていたのはどういう組織なんでしょうか?
蘇我氏を滅ぼした、などという記述を見ますが、こういうのは戦国のような戦ではなく、現代の地方における暴力団抗争のような小規模の争いのイメージであってますか?

大化の改新で蘇我蝦夷が失脚した際にはすぐ次の大臣が任命されて千年以上続いたのは、何故?

大化の改新という言葉自体、最近の教科書では使われていないんじゃなかったっけ改新の詔自体が出されていなかった可能性が高いとかで行われたのは蘇我宗家の排斥(これにより蘇我氏を外戚としない中大兄皇子が立太子)のみであって蘇我入鹿の誅殺、蘇我蝦夷の自害による蘇我宗家の排斥のことを乙巳の変と呼ぶようになった

遣隋使と遣唐使 日本に与えた影響が大きいのはどっち?

日本列島からであっても日本国からではないね「日本」という名称がまだ使われてなかったというなら大和朝廷ね。「大和朝廷」も使われてないなら天皇陛下「天皇」も難癖つけるなら・・(あと適当に。。に歴史的意義があると書いてあるじゃん比べると日米和親条約と日米通商条約のどっちが影響がでかいのかって話と通じる